あなたはどこにいるのか、あなたとは何なのか

太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

あなたはどこにいるのか、あなたとは何なのか

さて、あなたはどこにいるのか、あなたとは何なのか。
何か気づいたかな?

えー、そうですね。
今になって、かなりいろいろと気づきました。
でもまだ途中というか、ちょっと、昨日の対話への答えにはならないのかもしれない。

かまわないよ。
思うまま話してみよう。
ここが正念場だ。

そうみたいですね、、、なかなか自分でもびっくりしてます。

では聞かせてくれるかな。

そうします。
まず、この人生脚本シリーズの大前提には、形而上という概念がありますよね。
形而上には、過去、未来、現在のすべてのバージョンが同時に存在すると。

そうだね。

で、僕らはそのすべてのなかから、自分の定義、世界観、思いにもとづいて脚本を形作っている。

そう。

その脚本というのは、ある一組のパッケージというか、DVDのディスクみたいなもので、それは形而上に一つとしてある。
原因も結果も、例えばDVDであれば1つの話の始まりから終わりまでの要素が、そこにすべて同時にある。

その通り。

そして、その脚本を観るときには、順々に観ることになる。
僕が現象としてとらえるのは、この次元になる。
僕は自分の思いも何もかも、脚本通りに体験する。

よく整理したね。
それで、何に気づいたのかな?

まず一つ矛盾すると思っていたんです。
自分の思いによって脚本が作られるのに、脚本通りに思いを体験するって、どっちが先なんだよと。
守護さんも卵が先か、鶏が先かって言っていましたよね。

そうだね。
あるいは同時かとも。

そう、そうなんです。
同時なんですよ。
実は、脚本と順々に観る現象は、同じものなんです。
ただ、形而上に生まれた一組のパッケージそのものを指すのか、順々に観ているという体験を指すのかという視点の違いがあるだけで、全く同じもの。

それで?

だから、順々に観て現象として体験するこの自分の思いというのは、そのまま脚本を形作った時の思いなんです。
自分の思いを100%反映して脚本が作られ、その脚本通りに思うという体験をする。
だから、矛盾しているわけじゃなかったんです。

よく気づいたね。
ではここでもう一度聞こう。
そのようなあなたとは、どこにいる?
あなたとは何だろう?
今は、答えられるかな。

どこにいるかというのは、何と言えばいいのか、、、

ただ、思うがままに表現するなら?

僕は、、、ここにはいない。

そして?

でも、ここにいる。

順々に体験しているこの現象の中に、あなたはいない?

いや、います、、、ここにいるんです。
でも、、、

思いは、この世界の外にある。

そう、、、
だから、たぶん、、、

あなたも、この世界の外にいる。

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