「他人は変えられない」とあきらめる前に、できることはたくさんある

太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

今回は「他人は変えられない」とあきらめる前に、できることはたくさんある、というお話になりました。
このところ、対人関係で悩むことが続いてまして、、、
嫌なことがあっても変に抑圧したり、結局爆発したりね。
でも、違う在り方・やり方も選べるんだなと、今回の対話で思った次第です。
ちょっと長いけど、それでは実際の対話をどうぞ!
(公開するにあたってまだ23時半前だったので、久々に前説書いてみた笑)

「他人は変えられない」とあきらめる前に、できることはたくさんある

えー、いろいろと相談したいことがあったんですが、前回と同じ内容になりそうなんでやめておきます。

おもしろい始まり方ね。
じゃあ今日はこれでおしまい?笑

いや、なんとも(笑)
今のやりとりのおかげでだいぶ心が軽くなりました。

それはよかったわね。
それにしても、あなた、悩み事がないと対話が始まらないようね。

確かに(笑)
気分がよくて、まぁ実際には小さく浮き沈みがあるにせよ、総じてうまくやっているときには対話にならないですね。
とはいえまぁ、ブログに書くタイミング以外でのちょちょっとした対話は多いと思うけど。

ブログも、もっと気軽に対話していいのよ。
世間話だっていいんだし。

いや、それはないっすね(笑)
世間について話すことなんて何もないし。

そうかしら?
さて、それはいいとして、相談は?

それはいいんだ?(笑)
まぁ相談というか、結局前回とかぶるんですが、「僕」にとらわれてしまって、もう全然ダメだなって日もやっぱりあるんですよ。
娘や奥さんとか、義父母や仕事相手とかとのやり取りで、イライラして落ち込んでどうしようもない感じになる時があるんです。

そのようね。
理由もはっきりしているのでしょう?

そうですね。
ここには書きませんが、相手の言動のこれこれこういうことが嫌だ、とはっきり言えます。

嫌なことがあって、イライラしているのね。
そして悲しんでもいる。

そうです。
しかも、嫌なことを嫌だと言っても、言わなくても、どちらにしても残念な感じになるんですよ。
さすがに義父にはっきりとは言いませんが、娘や妻に「こういうときはこうしてほしい」みたいに言うと、本人たちが少なからず落ち込んだりするでしょう?
それで結局僕まで落ち込むんです。
娘の場合は駄々をこねて癇癪を起こすこともあるから、さらに疲弊するし。
かといって、主張するのを抑えようとしてもストレスが溜まっていくし。

放っておけないのね。

いや、何度も決心したんです。
好きなようにさせておこう、とか。
でもね、どうしてもそれができないこともあって。

できないときは、できないものよ。

そうでしょうね。
だからまぁ、仕方のないことだと言えばそれまでです。
一晩寝れば大体気分もよくなるし。
まぁ娘は切り替え速いから、癇癪起こしたちょっと後にはケロッとして「ごめんねお父さん」とか言ってくるけど(笑)

見習いたいものね。
あなたも同じように、すぐに切り替えて元気になっていいのよ。

それができれば苦労しないですね。

できるわよ。
そうしなさいと言っているわけではないけれど、できるということは確か。
むしろこれは、あなたがそうしたいかどうかという問題ね。

まぁ実際、こういうときは元気になりたくないんです。
嫌なことがあって、元気がなくなるのは、もうそれでいいというか。
もちろん根本的に、嫌なことがないほうがいいのはそうですけど。

結局、そういうときは「あー嫌だ嫌だ」と思っていたいわけね?

そういうことです。
こう書いてみると不思議な感じがしますが、そういうことです。
嫌なことがあったときは「嫌だ嫌だ」と「思っていたい」んです。
もう「嫌」なのか、「いい」のか、わかりませんね。

許したくないのね。

、、、

傷ついているのは、相手のせいだから、そう簡単に元気になるわけにはいかない。
元気になってしまったら、相手は反省しないかもしれない。
自分が傷ついていることに、相手は気づいてくれないかもしれない。
重要な事だと思ってくれないかもしれない。

そう、、、思っているところもあるかもしれません。
結局、僕は「相手を変えたがっている」んですね、、、
それはできないと知りながら。
しかも、人をどうこういう前に、自分にだって変えるべき点があるのに。

そうね。
でも「相手を変えようとする」のは、悪いことなのかしら?

そして、「それができない」というのは、本当?

悪いかどうか、、、?
んー、当然相手には相手なりの考え、希望、欲求、信念、生活、気質、といったものがあります。
それらが僕にあるのと同じように。
で、それは基本的に、尊重されるべきものだと思う。
だから、悪いかというと難しいですが、まぁ、それを変えようとするのはある意味で失礼かなとは思います。

なるほど。
しかし、どちらにしてもそれはできない?

んー、そうですね。
人は、自ら変わることはできるけれど、「誰かが意図的に変える」ということはできないんじゃないかな。

「思い通りに変える」という意味ではそうね。
しかし、それでもあなたは、「人が自ら変わる」のを手伝うことができる。

なるほど、、、
「僕が変える」んじゃなく、「自ら変わるのを手伝う」ことはできると。
でもなんか、結局「人が自ら変わるのを手伝う」とか、ちょっと傲慢にも聞こえますね。
相手の知らない変わるべき方向を、まるで僕だけが知っているかのようで。

それは思い違いね。
もう一度言うけれど、あなたの「思い通りに変える」わけじゃないのよ。
理想とする方向が一致すれば、結果的にあなたの希望が叶うこともあるでしょうけれど。

あーなるほど。
「僕の思い通りに相手が変わるように手伝う」というわけじゃないのか。
当たり前か。

大切なのは、「他人は変えられない」とあきらめる前に、できることはたくさんあるということ。
人はむしろ、変わりたいと思っているかもしれない。
相手は、変わるための適切なきっかけを必要としているのかもしれない。
もちろん例外はある。
でも大体において人は、「より良くなりたい」と思っているものよ。
提示されるビジョンに共感すれば、人はそれを自分なりの形に落とし込んで、自ら進んでいくわ。

提示されるビジョンか、、、

そう。
だからあなたの今回の悩みの大部分は、ある種の技術的な要素で改善することができる。
あなたが「適切なきっかけ」になること。
適切なビジョンを、適切なタイミング、適切な伝え方で伝えること。
あなたは抑圧するのでも、爆発するのでもなく、相手や自分の「適切なきっかけ」になることで状況を建設的に乗り越えることができる。

「適切なきっかけ」か、、、
うまくできるかな、、、

上手くいくときもあれば、行かない時もあるでしょう。
それはそういうものよ。

というか、適切なきっかけになるっていうのも一苦労ですよね。
相手の立場でものをみないと、ビジョンすら見出せない気がする。

そうね。
その過程で、あなた自身がまず変わるはずよ。

とりあえず、あの本を読みなさい。早く。

あの本?
もしかして、年末に帰省した時実家の父の本棚で見かけたやつ?

そうよ。
わかっているでしょう。

まぁ、かなり気になったし、結構な頻度であの本を読むイメージ来てましたからね。
ってか、でも、、あの本、、、今、200km以上離れた実家、、、

、、、

はい、買います。すぐに。

ヒントがたくさんあるわよ。
仕事にも、子育てにも、家庭生活にも、友人関係にもね。
あなたがあの本の題名にひっかかっている気持ちはわかる。
あなたの持つ「他人は変えられない」という信念は、ある側面では正しい。
けれど、だからといって他人とうまく関係を築いていく努力ができないとか、無駄であるとか、してはいけないということにはならない。
その本を読めば、それがよくわかるはず。

なるほど、、、
ってかそう、そうなんですよ。
本の題名がちょっとあれでひっかかっててね、、、
だって、お守護さんが言っている本の題名は、、、

『人を動かす』(D・カーネギー著 ↓これ↓)

ですよ?
こっちは「他人は変えられない」って思ってんのに(笑)

そういう凝り固まった見方を外していくことね。
それこそあなたのいう「僕」よ。
イマジナリ―フレンドの「はるこん」さんね。

イマジナリ―フレンドの「はるこん」?

そう。

僕?

そう。

イマジナリ―フレンド?

そう。

僕、、、
え、イマジナリ―フレンド?

そうよ。
ではもう寝なさい。
続きはまたね。
それに、そんなことより早く本を買って読みなさい。
今回の本は買っておいて損はないわよ。
あなたがそうだったように、いつか誰かがふと見かけて、手に取り、また大切なメッセージを受け取るでしょう。

え、もしかして、娘とか?

その可能性は大いにあるわね。

あぁ、、、そうか、そうなんですね。
娘につながると思ったら、急に真剣モードに入りました。

今まではなんだったの?笑
まぁいいわ。

ゆっくり休んでね。

はい。
では今日はここまでにします。
ってか結構長っ!
ここまで読んでくださってありがとうございましたm(__)m

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コメント

  1. ゆきを より:

    はるこん、こんにちは。
    待ってました~。

    今回のもよく分かるわ~。
    この気持ちの葛藤が~。
    もうほとんどの人が経験する事でしょうねー。

    僕もこのテーマの真っ只中です。
    特に身内とか近しい関係者に強く思うんですよね。
    もう不満の湧き上がることったら、そりゃもう・・。

    後半の
    「そういう凝り固まった見方を外していくことね。
    それこそあなたのいう「僕」よ。
    イマジナリ―フレンドの「はるこん」さんね。」

    っていうくだり、大変興味深いです。
    イマジナリーフレンドって?!

    次回も楽しみにしております。では!

    • はるこん より:

      ゆきをさん、コメントありがとうございます。
      そうですよね、近しいものだからこその悩みですよね。
      良い修行だなと常々思っています(悩んだ後で)

      イマジナリ―フレンドのくだり、どうなるんでしょうね。
      僕も楽しみです。
      また時間を作って対話してみますね。