投影の幻想を超える【誰も悪くない、という認識が世界を救う?】

太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

投影の幻想を超える【誰も悪くない、という認識が世界を救う?】

さて、今回は「投影の幻想を超える」、というテーマでいきます。
副題は、誰も悪くない、という認識が世界を救う?ということで。
なぜそんなテーマなのかというと、前回の「あなたが傷ついたなら、相手はあなたを傷つけた、と決めることになる」という記事で書いた通り、僕は「自分が悪い」という考えを心のどこかに強く持ち続けているようなんです。
そしてその考えはいろんな状況に影響を与え、「自分はそういうもの」であるという経験を形作り続けていると。
そういう残念な状況に僕はあると。
ってなわけですよね?

その通り。
だが、もう少し説明できるかな?

その通り、ね(笑)
その原理としては、僕が「自分が悪い」と心のどこかで考えていると、「自分が悪い」と感じるような事実が現れる、ということです。
事実が現れるといっても、中立的な、意味を持たない現象に、「自分が悪い」という自分の見方が覆いかぶさって経験が形作られる、ということになってるのかな。
僕が解釈する以前の現象が、実際に中立的なのか、意味を持っていないのか、というところはわからないけれど、、、

あなたにとって、というところで話を進めていいよ。
あなたの解釈以前には、あなたの解釈はない。
解釈以前を、解釈することはできない。
解釈したら、それはもうあなたの解釈だから。

まぁそうですね。
で、そうやって、自分の見方、僕で言えば「自分が悪い」という考えを、いろんな現象に重ねて見ていて、それをそのままそう経験すると。
言いかえれば、僕は自分の考えを世界に向けて投影していて、それを見ることで自分の考えを再確認している、という状況にあるわけですね。
そうやって、「自分が悪い」という考えを強化し、保ち続けていると。
こう書くと、なんでそんなことを、って思っちゃうな、、、

その経験の形にはどんなものがあるのかな。
あなたはあの日、久しぶりに沈思黙考し、いくつかの気づきを得たはずだね。

久しぶりに?(笑)
ちなみに守護さんの言う「あの日」とは、前回の記事の出来事のあった日です。
奥さんの視線に憎悪を見たという、、、orz

それで?

えーその経験の形としては、まず直接に、「自分が悪い」と自分を責める形がありますよね。
起こったことに対して、「自分が悪い」、「自分のせいだ」と。
もう一つには、「相手を責める」という形を取ることがあります。
それは「自分は悪くない、相手が悪い」ということにすることで、自分の中の「自分が悪い」という思いを見ないようにしているというか、、、
あれ、でも、、、

でも?

あの時(沈思黙考した時)、もっとなんか気づいたような、、、
そうだ!憎悪を見た時点で、すでに「自分が悪い」という経験をしてるってことなんです。
自分を責めるにせよ、相手に責任転嫁するにせよ、最初に憎悪を見たというそのことが、自分の中に「自分が悪い」という考えがあることを示しているんじゃないか、ってことに気づいたんでした。
まさに、見た憎悪自体が自分の考えの投影だ、という。

そう、そこが重要なポイントだ。
もちろん、あなたはその瞬間、それが「憎悪」だと意識的に解釈したわけではない。
そういう言葉なしに、彼女の視線に苛立ち、傷ついたのだったね。

そうですね。
でも、自分で気づいたって言ってて申し訳ないんですが、論理的にはよくわかんないんですよ。
なんで憎悪を見ること自体が、自分の中に「自分が悪い」という考えがあることを示すことになるんでしょう?
それに、「相手を責める」という形で投影した場合は、ゆがんではいても「自分は悪くない」って認識になっていくんじゃないのかという気もしなくはないし、、、
うーん、あの時は、そうか!って思ったんだけどな、、、

まず、理解は論理を超えることがある。
論理はあとからついてくることもあるし、そうではないこともある。
だが今回で言えば、あなたが納得する枠組みを示すことはできるだろう。
重要なのは、その時あなたは傷ついている、ということだ。
自分を責めるにせよ、相手を責めるにせよ、憎悪を見た時点であなたは傷ついている。
そして、あなたが傷ついたということは、あなたはそれに値する、と認めていることにな
る。

僕が傷ついたということは、僕はそれに値する、と認めていることになる?
それに値するというのは?

傷つくことに値する、ということだよ。
あなたは傷つくことで、あなたには傷つくべき理由がある、ということを認めている。
つまり、あなたは傷つくことで、「そう、自分が悪いんだ」と認めているのだ。
その後の反応が、誰にどう向けられるか、ということとは別にしてね。

なるほど、、、
傷つくことで、自分が悪いと認めている、、、
じゃあ裏を返せば、自分が悪いと思っているから、傷つくということでもある?

その通りだ。

自分が悪いと思っているから、いろんな事実(投影)を通して傷つき、それによって、自分が悪いんだと認めている、、、?

そういうことになるね。

それって、、、
めっちゃ悪循環じゃないっすか、、、orz

そう。
さらに、あなたは自分が悪いという考えをそのように保持し強化し続けることで、相手(彼女に限らず)にあなたを傷つけさせてもいる。
それは結果的に、自分にも相手にも悪い影響を及ぼすだろう。
世界は罪の意識でいっぱいになる。

いやいや、、、それは、、、
なんというか、、、
どうにかしないと、、、

恐れることはない。
幸い、あなたは本当は悪くないのだ。
だからこそ、あなたは傷つかない。
憎悪という投影は幻想だ。
それはつまり、「自分が悪い」という考えが幻想だということだ。
傷つく理由がないのなら、相手にあなたを傷つけさせることもない。

あなたにも、相手にも罪はなく、それゆえ世界に罪はない。
「誰も悪くない」という認識は、誤って象られた世界を救うだろう。

そう、、、だったらいいなとは思います。
でも事実、この前だって僕は傷ついちゃったわけだし、、、
本当は悪くないと言われても、、、
そうなのかな、、、
いや、実際そうだという感じもするはするんです。
もともと意識的に「自分が悪い」と思っていたわけじゃないというか、、、
守護さんに指摘され、物事への自分の反応を見ていると、確かに根底にそういう考えあるなって気づいて不思議に思ったくらいだし。
なんで根底にそんな考えがあるのか、根拠も全然見つからないんです。
影響力の大きさの割に、「自分が悪い」という考えが心の中にある理由が全然わからない。

その理由はこの世界では見つからないだろうね。
聞かされても、今のあなたはまだ受け入れないだろう。
それよりも、まずは自分は悪くないのだ、と一度決めなさい。
自分は悪くない、という考えに心を開きなさい。
「自分は悪い」という考えに根拠が見つからないのなら、「自分は悪くない」ということも、控えめに言って「ありうる」はずだ。
「自分が悪くない」のであれば、だれもあなたを傷つけることはできない。
それゆえ誰も悪くないし、
だれも傷つくはずがない。
傷つく前に、気づきなさい。
あなたが傷つきそうになったら、何か前提がおかしいはずだ。
それが何を投影しているのかに気づきなさい。
気づくたびに、見直しなさい。
その時あなたの前に現れる事実は、あなたを傷つけようとする投影ではなく、癒されるべき幻想なのだ。
「あなた(相手)は私を傷つけていない」という見方を通して、「私が傷つく理由はない」ということが本当にわかる。
「あなた(相手)は悪くない」という見方を通して、あなたは「自分は悪くない」ということを本当に知るだろう。
あなたを傷つけようとする投影は「なかった」という認識が、あなた自身が悪くないことの、自分への何よりの証拠になる。
心配することはない。
根拠のない幻想の投影が消えた後には、愛と安心が残る。
残るのは本物だけだ。
そして、それがあなたなのだ。

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