過去を撮り直す【あの日の解釈が変われば、今が変わる】

太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

過去を撮り直す【あの日の解釈が変われば、今が変わる】

この前守護さんからメッセージの中で「想像しているかね?」って聞かれたんですけど、なんか、想像することの大切さが一段深くわかった気がします。
(この記事⇒一言メッセージ【何か嫌なことが起こったとき】

というと?(←お守護さん)

毎日、いろんな状況が自分からいろいろなものを引き出そうとするんですが、違う可能性というのも、想像することはできるんだなと気づいたんです。
自動的な反応をしかけたときに、こうじゃなくてもいいんだよなって。
で、こういう反応もありだし、こうしてもいいはずだし、って想像した瞬間に自由度が結構上がって。
特に苦しい反応をしかけたときに立ち止まることもできたりして。

そうね。
一つの反応に囚われなくなるだけでも自由度は格段に違う。
そこにユーモアを効かせられれば、他者との関係や人生の流れががらりと変わることだってある。

ユーモアか、、、それができたら素晴らしいですね。
急に、それができたなと思う記憶と、もっとできたらよかったのになという記憶が蘇ってきた(笑)

今からでも変えられるわよ。

何を?

記憶の中の、その瞬間のあなたの対応。

いやいや、いやいやいやいや、、、

別に、あなたの記憶が変わってしまうわけじゃないわよ。
以前、過去を撮り直せると話したことがあったでしょう。
(※この記事です⇒起こるすべての事は、お互い了承済み【好ましい現象も、好ましくない現象も】

あ、それがここで?
右手首の痛みの影響で長く対話できないこのタイミングで??

別に難しいことじゃないから、長くはならないわよ。
時々蘇ってくる過去の記憶について「もっとこうしてもよかったな」という対応があるなら、イメージの中で、そのバージョンを選んでごらんなさい。
選んですぐ終わってもいいし、よいイメージが膨らむ限り続けてもいい。

(ちょっとやってみた)

なかなか、何だろうこの感覚?
切なくもあるような、微笑ましくもあるような(笑)
でも少し、前向きな感じになりますね。

あの日の出来事は、今とつながっているのよ。
あの日の解釈が変われば、今が変わるの

後悔した事実自体は変えられなくとも?

事実は変わらないとしても、「後悔」の部分は変わっていい。
できなかったときは、できなかったのよ。
その時は、それ以外を選ぶことができなかった。

自分を責めてもいいけれど、許してもいい。

なるほど。
まぁ、何もかもがあっての「今」だと思っているから、事実を変えたいわけでもないしな。
でも確かに、そう思っている割にひっかかっている記憶はあって、それについてはこうして撮り直すという形で許したり、受け入れたりするのも役立つかもしれませんね。

あなたが思っているよりね。
さて、ではここまでにしましょう。

右手首があれであれですもんね、、、(T_T)
図らずも途中だった(途中だったよね?)過去の撮り直しの話ができてよかった、、、!
では、今回はここまでにします。
ありがとうございました!

※撮り直しについては以前こんな対話もしました(懐かしい笑)
「存在するすべてで決めている人生脚本」を撮り直すことについての実例

 


PS(最後のメッセージ

できないときはできないし、すべてがあってこその「今」。
そう思っていても、記憶にはいろいろな感情がくっついているときがあります。
そういう場合は、こんな感じで撮り直すというのも一つのやり方なのかも、、、!

起こることはすべて、想像できないくらい素晴らしいことにつながっています。
あなたの光が増すよう、元からの輝きに気づくよう、応援しています!

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