心の中で文句の言い合いになる理由【心の非服従、非暴力のために】

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心の中で文句の言い合いになる理由【心の非服従、非暴力のために】


今回は『心の中で文句の言い合いになる理由【心の非服従、非暴力のために】』というタイトルで書きはじめてみます。

心の中、頭の中で、誰かと文句の言い合いになること、ありません?

僕は幼いころから、いろんな仮想ディベートというか、「こう言われたらどう返す」みたいなことを心の中でよくしていました。

健全なディベートならいいんですが、時には相手がだいぶ理不尽な主張をしてくるイメージになることもあって、そうすると心の中で文句を言いあうことになったりして^_^;

でも、今はそういう心の言い合いはやめるようにしています。

昔からの癖で自動発生することがあるけど、「なぜ心の中でそんなふうにするのか」がわかって、「自分は自分、相手は相手」と思えるようになってからは大分減ったように思います。


心の中で文句の言い合いになる理由

僕が幼いころから心の中で文句の言い合いをしてきた理由は、実際に相手と話しているその場で、適切な返答ができるか不安だったからです。

もっと言えば、「その場で適切な返答ができないとダメ」だと思い込んでいました。

相手に言い負かされたら、それは自分の存在が否定されるということと同じだと、なぜか思っていました。

否定されるという怖れが、心の中で文句の言い合いをする引き金になっていたんですね。

さらに、成長してからは自分以外の誰かのために同じようなことをすることもありました。

誰かを擁護するために、心の中でいろんなやり取りを繰り返す。

自分や大切な人を守るために、言い負かされない準備をしておく。

それが大事なことだと思っていたんです。

心の文句はめっちゃ疲れるし、気分も下がる

ただ、この心の中での文句の言い合いって、疲れます。

気分も下がります。

しかも、これ一番大切な事なんですが、

まだ、相手に何も言われてない。

だって心の中で先取りして討論してるだけなんだし、、、

しかも、実際に相手に会っても、予想したようなことは何も言われないまま終わることも多い、、、!

取り越し苦労し過ぎ。

でも、怖かったんだよね。

だって、うまく言えなかったら?

相手にわかってもらえなかったら?

自分には自分なりの考えがあって生きているのに、それが否定されて、相手に従わなきゃならない、、、

自分の大切な人が否定されて、傷つけられてしまうかもしれない、、、

なぜかそう思っていたんですね(*_*)

自分は自分、他者は他者

でも実は、たとえ誰と話して、その場でうまく言えなくとも、あまり関係ないんです。

だって、自分は自分だし、他者は他者だから。

自分は自分でいいし、他者は他者でいいから。

例えば、その場ではうまく言葉が出てこなくて、一方的に相手の主張を聞くことになったとします。

こちらの在り方も否定されたとします。

でもそれは、相手が否定しているだけであって。

相手は「自分は違うと思うよ」という事をただ話しているだけであって。

僕がそれをどう受け止めるかって、自由なんです。

一理あると思えば学びとして受け取るし、全面的に同意ならそれは素晴らしい自己改革。

筋が通っていないと思えば、「なるほど、あなたはそう思うんだね」といってただ通りすぎる。

それでいい。

大切な人が同じような状況になっても、今なら、「でも、あなたはあなたでいい」と。

そう伝えられます。

心の非服従、非暴力

自分は自分、他者は他者。

それをしっかりわかっている状態って、「心の非服従」と言ってもいいと思います。

相手と実際に話して、その話がどんな流れになろうと、征服されることはないという認識。

そしてその認識があれば、最初から、心の中で文句を言い合う必要もない。

心の中だとしても、相手を言い負かそうとすればそこには暴力性が潜んでいます。

その暴力性も必要ない。

心の不服従と非暴力。

驚くほど楽になります。

自分が自分であるだけ。

相手が相手であるだけ。

ただそれだけ。

「今」起こっていないことへの反応が終わり、目の前が開けます。

心の中で必死に戦っていた幼い自分。

お疲れ様。

いつか大丈夫になるよ。

終わりに(小対話)

何かふっきれたようね。(←お守護さん)

そうかな?
でも確かにそうかも。
何か、ばーって言葉がでてきますね。
それゆえ全然対話にならない^_^;

いいのよ。
私たちは触媒だったんだから。
あなたが閃くまま表現できるなら、それでいい。

触媒。

いつか、2つに分かれる必要はないと話したわね。

一番最初のブログが始まる前ですね(何年前笑)

その意味が、そろそろ本当にわかるわよ。

えっ?(←今までわかってなかったの?の驚き)

では今日はここまで。
表現を続けるにも、健全な体があってこそ。

ですね。
何か咳が盛り返してきてるし(汗)
ではここまでにします。
ありがとうございました!

 

- 参考 -
・自分の言葉で書くスタイル、続いてますね(これとか)
⇒『「全部降りる」という端的な閃き【寝る前だけでも】

・「何かが変わった」という感覚がある(これもね)
⇒『それは在る。私は在る【思考と感情は通り過ぎる】

― 関連ツイート ―

心の中で誰かと言い合いになるのは
否定される恐れを感じているから。
「説得しなければならない」
「言い負かさなければならない」
実は、そんな必要はない。
自分は自分、他者は他者。
意見が違って、それも当然。
心の非服従、非暴力。
お互いを尊重して、 現実、話し合うなら穏やかに(^^)


PS(最後のメッセージ

心の中の文句の言い合い。
今でも自動発生するけど、気づいて手放せます。
それだけで、個人的にはとても楽になっています。

起こることはすべてベスト。
あなたの光が増すよう、ふとした笑顔が増えるよう、応援しています!(^^)

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