思いて学ばざれば則ち殆し【独りよがりでは自信が持てない】

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太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

思いて学ばざれば則ち殆し【独りよがりでは自信が持てない】


今回は『思いて学ばざれば則ち殆し【独りよがりでは自信が持てない】』というお話です。

「学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。

これはかの有名な論語の一節で、意味は「学んでも考えなければ本当の理解や知恵には達せず、また逆に、考えてばかりいても学ぶことがなければ独断に陥る危険がある」という意味です。

今回は、特に後半の部分。
思いて学ばざれば則ち殆し(=考えてばかりいても学ぶことがなければ独断に陥る危険性がある)」という部分についてのお話です。


思いて学ばざれば則ち殆し

実は仕事をしていて思う所があって、こんなツイートをしました。

職人としての自分の理想像と現在地が違い過ぎて、さらにそのギャップを埋める手段にも算段にも今一つ自信が持てていなくて、その根本的な所に潜っていくと「確かなもの」が足りないという不安に出会った。そこを脱するには、独りよがりではダメ。「学ぶ」が鍵。そんな当たり前のことに今さら気づいた。

僕は今、自営で一人で仕事をしているんですが、ツイートでも書いた通り、自分の理想像と現在地が違い過ぎて。
しかも、そのギャップを埋める手段にも算段にもなんだか自信が持てないなと。
急に不安になったんです。
そしてそれに向き合っていたら、根本的なところで「確かなもの」がないという不安に出会いました。

あなたはよくその不安を感じているね。(←守護さん)

そうですね。
これはね、実は僕の人生の大きなテーマなのかもな、とすら思っていたりします。
自分の「驚くほど忘れやすい」という性質や、あるいは最近自覚したというか症状名がわかった聴覚情報処理障害という性質(未診断)もかなり手伝っていると思うんですが、、、
知識を忘れちゃうという経験や、人との会話が理解できないまま進んでしまうという経験が、そういう「確かさ感」を損なっているというか。
まぁ理由はなんにせよ、自分の中に「確かなもの」がないという漠然とした不安がね、時々出てくるんですよ。

忘れていないこともたくさんあるし、多くの場合会話できている。
バランスを欠いた視点で、それにばかり注目しないほうがいい。

そうですね。
それはわかってます。

「確かさ」のレベルを上げるには、すでにあなたが書いたことが役立つだろう。
学ぶことだ。
独りよがりでは、自信にはほとんどならない。

そうですね。
自分の考えがあり、他の考えがあり、比較検討して生まれる新たな段階があります。
僕は自営で一人で仕事してるからどうしても独りで考えがちなんですよね。
それでは「確かさ」なんて生まれようがない。
もっともっといろいろなことを学ばないと。

学び、考え、表現することだ。

そうですね。
学ぶだけでも、考えるだけでもしっかりした知識・知恵にはならないと思うし。
自分なりに表現することで、より強固な記憶にもしたいですね。

一つ一つ進むことだ。
「独りよがりなのに、自信を持っている」という状況よりは学びやすい。

確かに。
まぁ、根拠のない自信も大切だとは思いますが。
てかあれですね。
守護霊についての本を読めというのも、そういう「学び」の一環なのか。

そういった目的もある。
今後そういったことは増えるだろうね。

なるほど。
仕事もブログもツイッターも、「確かさ」のレベルをいろいろな分野で上げていけるといいな。

上がっていくさ。
続ければね。

続ければ、か。
そうですね。
じゃあ、今回はここまでにします。
ありがとうございました!

- 参考 -
・守護霊について読むことになった回
⇒『守護霊とどうやって対話しているのか【心の中で独り言?自動書記?】

・ツイッターでは今回みたいなふとした日常の悩みをつぶやくこともあります
⇒『ツイッターの利用法【メモ・おみくじ・Q&A】


PS(最後のメッセージ

「学びて思わざれば則ち罔し(くらし)、思いて学ばざれば則ち殆し(あやうし)」
めっちゃ重要な言葉ですね。論語すごい。

起こるすべては最善。
あなたの光が増すよう、元からの輝きに気づくよう、応援しています。

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