起こるすべての事は、お互い了承済み【好ましい現象も、好ましくない現象も】

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太字が守護霊、細字が僕(はるこん)です

起こるすべての事は、お互い了承済み【好ましい現象も、好ましくない現象も】

あなたは形而上で同時に起こっていることを順々に観ている。
ほら、どんどん展開していくね。
認識が展開し続けている。

そうですね、、、
認識は、、、確かに展開し続けています。

形而上で、あなたがたはひとつだと言ったね。

言いましたね。

これは比喩的な表現になるが、あなたがたがひとつなら、起こるすべての事は、お互い了承済みの現象だ。

、、、

あなたに起こる好ましい現象も、好ましくない現象も、すべて一緒に作り、一緒に観ている。

DVDのように?

ある意味ではね。
撮影の最中は敵味方に分かれ、本気で争いを演じる。
撮影が終われば、肩をたたき合い労いあう。

僕の場合、撮影というより出来上がったものを見ている感じなのかな。

いや、撮影しているという方が近い。
まさに今、撮影は行われている。

今?

すべては同時に存在し、同時に起こっている。
それなら、撮影も今行われているということになる。

あー、やっぱ、そこが理解しきれない所なんですね。
どうしても、形而上で起こったことが、「その次に」現象化するように思えちゃうんだよな。
そうじゃないんですね。

よくついてきているね。
これはどうかな。

撮影は今起こっているし、それを観るのも今起こっている。

撮影しながら観てるって、それはちょっと想像できないな(笑)

時間を超えていないと無理だね。

時間を超える?

そう。
形而上において、時間というものはない。
それゆえ、これもまた比喩的になるが、あなたはどの「時間」にもアクセス可能だ。
順々である必要はない。

形而上で、時間のない領域で、どの「時間」にもアクセス可能???

そういうことだ。
ついてこれるかな?

いや、もう、ただただ心を開いて対話するのみです(笑)

あなたの認識上の実生活に役立つよう、比喩的な話を続けよう。
起こるすべての事は、お互い了承済みの現象だと言ったね。
あなたに起こる好ましい現象も、好ましくない現象も、すべて一緒に作り、一緒に観ていると。

言いましたね。

形而上において、時間はない。
だから、すべての瞬間の撮影は今起こっている。
そして、あなたはそのどの撮影の瞬間にもアクセスできる。

えっと、、、
その話がどう実生活に役立つのかさっぱり、、、

どの撮影の瞬間にもアクセスできるのだから、好ましくない現象の撮影も、撮り直すことができる。

撮り直し??

そう。
あなたにとってそれが過去でも、未来でも、今撮り直すことができる。

じゃあ、、、ちょっとカメラを持ってk

カメラとは何だろう?

いや、すみませんでした。冗談です。本当に。

ところが私は本気だ。
もう一度言おう。
カメラとは、何だろう?

形而上のカメラ、、、?

そう。

(黙考)
あっ、、、カメラって、、、もしかして認識のこと?

その通り。
あなたの認識が撮影するカメラとなり、順々に現象を映し出す。
まさに今、あなたの認識が、順々に現象を映し出している。
それなら、脚本は?
これもとても比喩的な表現になるが、脚本はどのようにつくられるのだろう?

僕の認識がカメラで、、、じゃあ脚本は、、、
あ、でも、みんなで作っているんでしょう?
ってか、形而上では時間がないんだし、、、
じゃあ、ある意味、脚本も今書かれている??
存在するすべてで、今、脚本を書いている??

そうだね。
存在するすべてで、今、脚本を書いている。
現在、過去、未来、すべての瞬間の脚本をね。
そして同時に今それを撮影し、順々に観ているのだ。

(つづく、、、と思う)

コメント

  1. ゆきを より:

    はるこん、こんちは。

    ここ数日、話が難しすぎて…。

    何回も読み直してるけど…。 理解しずらい。

    勉強の苦手な、落ちこぼれの生徒の気持ちが湧いてくる。

    もうね、行き詰ってくると、「何を解決するために、この対話が始まったんだ?」

    って思えてきちゃう。

    と言いつつ… 次回も待ち遠しい…。

    • はるこん より:

      ゆきをさん、コメントありがとうございます。
      確かに難しいですよね。
      もともと、表現できないことらしいし。

      夜にしか本格的な対話の時間取れてないので、どんな話になるのか、僕自身も夜まで待ち遠しいです(笑)

      • ゆきを より:

        忙しいのにゴメンね~。
        一読者としてこんな受け取り方してます~って、内容です。

        線形的とは、顕在意識の感覚。
        形而上とは、潜在意識(の奥の奥)の感覚。

        顕在意識とは、個(人)の意識。
        個人の意識を成り立たすのは、個人の意志。
        個人の意志を成り立たすのは、それまでの経験に対する解釈と思い込み。

        潜在意識とは無限のつながりの世界。

        無限の世界の一部に個(有限)は収まるけど、個(有限)の中には無限は収まりきれない。
        なので理解しようとしても、できる範疇を超えている。

        だが、ついつい理解しようと挑んでしまう。
        が、やっぱり無理。

        そして、今の気持ちは「理解できなくても、無駄にはならんだろー」ってところ。

        ちょっと自分の考えを整理するために書いたので、伝わりにくいと思います。

        サラっと流し読みでヨロシク~。

        • はるこん より:

          ゆきをさん、コメントありがとうございます。
          なるほど、そういう受け取り方をされてるんですね。

          僕はどうなんだろう。
          あまり解釈していないかもしれないです。

          今日も時間取れれば対話しますので、どうなるでしょうね。
          ありのままの対話なので、わかりやすくなればな、とは思っているんですが。

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