それは在る。私は在る【思考と感情は通り過ぎる】

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それは在る。私は在る【思考と感情は通り過ぎる】

「それは在る」というフレーズを聞いたことがある人は多いと思います。
「私は在る」というフレーズの場合もありますね。

解釈にもよるんですが、僕はほぼ同じ意味だと、あるいは同じ意味になると思っています。

今日、こんなツイートをしました。

通りすぎる思考を見つめると
ああ、自分の中にこんな思いがあるのだな
と気づくことがある。
でも、それは確かに通りすぎていった。
僕を、通りすぎていった。
僕はそれではなかったんだ。
僕は 思考ではなかった。
感情でもなかった。
本当に、何でもなかった。
ただ、それは在る。
在るんだ。

朝7時の過去記事振り返りおみくじツイートへの返しだったんですが、だいぶ瞑想的なツイートになりました。

それは在る。私は在る。

思考と感情は通り過ぎる

このツイートの通りで、思考は僕らを通りすぎていきます。
頑張ってとどめようとしても、すり抜けてどこかにいってしまう。

感情も同じです。
あんなに心揺さぶられるのに、その揺れが終わったら、もうその感情はなくなっている。

ずっと感動していたくても、それはできないですし、ずっと怒っていたくても、やっぱりできない。

思考も感情も、「また出会う」ということはあるけれど、それがずっととどまっているわけではありません。

そんな気づき。

すべて通りすぎるのに、ずっと残っているもの。
すべてが通りすぎるその背景。

それは「在る」。

それは、ある種の解放だと思っています。
肩の荷はもうないし、肩もない。

それは在る。

それで在るのが、瞑想。
そんなことを考えた午前中でした。

冷たい風が強く吹いています。

木枯らし?

温かくしてよい午後を(^^)/

終わりに(小対話)

あ、対話にならなかったですね。
瞑想的になるとどうしてもな。
ばーっと書いて終わっちゃうな。

いいじゃない。(←お守護さん)
対話である必要がないんだから。

でもほら、ブログのタイトルに対話って書いてあるから(笑)

だからこの部分があるのよね。

そういうことです。

まぁ好きなようになさい。
あなたが気に入る表現を追求することよ。
楽しんで。

 

- 参考 -
・思えば、昨夜の「全部降りる」も「それは在る」に近い感覚
⇒『「全部降りる」という端的な閃き【寝る前だけでも】

・同じような話(か?)
⇒『「あなた」という定義がなかったら、あなたはどんな存在だろう?


PS(最後のメッセージ

健康的な更新時間!笑
瞑想的だったからか、寒いけど、気持ちよく文章が書けました。
寒いけど(2回目)

起こるすべては最善。
あなたの光が増すよう、ふとした笑顔が増えるよう、応援しています!(^^)

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